St. Valentine's Day
ほやほやと笑う姿は、そうしていればまるでお嬢様みたいなんだけどな、とボタンに思わせた。深く踏み込んだ家庭の話を友人たる彼女としたことはない。お互いに土足で踏みにじられたことがあるから、なおのこと慎重になってしまう。今ならなんの衒いもなく話せるのだろうがきっかけがない。わざわざ話して瑕のなめ合いをする趣味もなかった。
それでも、中々大変な幼少期だったと想像はつく。なんども繕い直したパッチワークのゲンガーのぬいぐるみも、見かけによらずと言っては失礼だが家事を器用にこなす姿も、仲の良い野生のポケモンと戯れていても決して捕まえようとはしないことも。確証はないまでもピースが集まればパズルの一枚絵はだんだんと想像が容易くなっていく。サンプルは集めればいいというものではないが、共通する要素があるのだからあればあるだけそれが示す事柄は鮮明になっていってしまう。
(……やめよ)
詮索するものじゃないし、邪推なんてもっての外。
というか、目下気になるのはそこではなかった。
シンオウ出身という話だし、多分文化が違うんだろうな、と思う。実際「皆さんでどうぞ」と箱でチョコレート──ガナッシュを持ってきたし。だから、きっと意味もわかっていない。
わかって、いない、と、思うのだが。
それでも、ボタンがちらちらと視線をやってしまうのは仕方のないことだろう。休学前からの友達が、パルデア式ではなくガラル式でチョコレートをもらっているのだから!
(いや、あれ絶対そうでしょ……。名前ないっぽいし。なんでここで地元のバレンタイン見なきゃならん……)
「あの……ボタンさん?」
「おわっ。あ、コハク。どしたん?」
「その、ずっとなにかを気にされているみたいでしたので」
気づかれてたかー、と思い、誤魔化すようにマグカップをすする。おいしい。
「や、別になんも……ない、こともないかも」
「?」
「そのチョコレート、誰にもらったん?」
「これですか?」
鞄からのぞく、きれいにラッピングされたチョコレート。素人がやったにしては丁寧すぎるし市販のかな、とボタンは推測している。多分買ってから自分でメッセージを書いたんだろう。
「なんか、名前とかないみたいだったから気になって。ごめん」
「別に構いませんよ。……特にドラマがあるわけでもなく、朝、これが机の上に置かれていたんです。特にカードなどもありませんし、名前もありませんし……。今思うと、誰かと間違ったのでしょうか」
だとしたらお気の毒ですよね……。もしかすると、そのままにしておいた方がよかったかもしれません。
「や、多分そっちの方が気の毒だから持って帰ってよかったと思う」
「そうですか?」
「コハク、ガラルにいたときは入院してたんだっけ。だったら知らないと思うんだけど、ガラルだとバレンタインってチョコレートに直接名前は書かないんだよね」
まあこっち(パルデア)ではまた違うみたいだけど、と付け加えて「だから……」と続ける。
「誰からの贈り物かはしらんけど、バレンタインのチョコレートってことで間違いないと思う」
うちみたいにガラル出身か、直接渡せんくてガラルのを真似たのかはわからんけど。
「それは……。うれしいことですね。学校、あまり通えませんでしたから、こういうのは初めてで……」
(……あ、これわかってないやつ)
多分本命だと思う……という言葉を呑み込んで、ボタンはよかったじゃんと声をかけた。ふわふわと純粋に喜んでいるのに、水をささなくてもいいだろう。一気に教えても混乱するだろうし。
ま、いいかと納得して、二人はお茶会が終わるまで他愛のない話を続けていた。
*
「あ、メイくん。夜分遅くにごめんね。入れてくれたのは嬉しいけど、夜は寝ないとだめだよ?」
「それはユーにも言えることでござろう。もうすぐ日付も変わるというのに、外を出歩くのは感心せぬよ」
「メイくんに言われたくないなあ。それに、これは今日じゃないと意味がないし」
「今日でないと、とは?」
「ふふ、ハッピーバレンタイン。ということでガトーショコラだよ。冷蔵庫で寝かせてもおいしいから安心してね」
「……!」
「朝一番にくれたでしょう? 学校じゃ着れないけど、ワタシがあまり選ばない系統だったけど、すっごく可愛くて嬉しかった。ワタシもまたメイくんの作るから、一緒にでかけようね」
「もちろんでござるよ。かたじけない、コクトー。……ありがとう」
「どういたしまして。ワタシもありがとう」
「どういたしまして。……送るでござる」
「ありがとう!」